大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成10年(ワ)2443号 判決 1999年6月30日

主文

一  被告は、原告に対し、一〇万円及びこれに対する平成一〇年二月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、四〇万円及びこれに対する平成一〇年二月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、被告の製造・販売するオレンジジュースを飲んだ際、その中に入っていた異物によって喉に傷を負ったとする原告が、被告に対し、製造物責任、債務不履行(売買契約における安全配慮義務違反)、不法行為に基づいて、右受傷によって被った精神的苦痛に対する慰謝料三〇万円及び弁護士費用一〇万円を請求するものである。

二  争いのない事実等

1  原告は、平成一〇年二月一三日当時、株式会社愛銀ディーシーカード(以下「愛銀ディーシーカード」という。)に勤務していた事務員であった(原告本人)。

被告は、飲食物の販売等を業とする株式会社である。

2  原告は、平成一〇年二月一三日午後零時三五分ころ、被告伊勢町通店において、昼食用に、被告の製造したダブルチーズバーガーセット(ダブルチーズバーガー、フライドポテト、オレンジジュース(以下「本件ジュース」という。)がセットになって販売されていたもの。)を、五二五円で購入した。

3  原告は、本件ジュースを飲んだ後、吐血を理由に、株式会社愛知銀行(以下「愛知銀行」という。)内にある診療所で診察を受け、さらに、救急車で国立名古屋病院(以下「国立病院」という。)へ運ばれ、診察を受けた。

三  争点

1  原告は、喉頭部を負傷したか。

(原告の主張)

原告が、本件ジュースを飲んで喉に痛みを感じた後、愛知銀行内の診療所へ行き、甲山一郎医師(以下「甲山医師」という。)の診察を受けたところ、喉頭部に傷がつき、出血しているということであった。国立病院の医師も右事実を確認している。

(被告の主張)

国立病院の診療等によれば、原告喉頭部には、右喉頭被裂部の粘膜下出血と、やや浮腫状所見が見られたにすぎない。かかる症状は、要するに、喉頭部粘膜下に青藍、青紫から赤紫の色斑が認められる程度にとどまり、粘膜には離解がなく、粘膜下組織(毛細血管)に出血した状態である。粘膜下出血というのは、粘膜組織(表層から上皮組織、粘膜固有層、粘膜筋板(平滑筋の集った薄い層)の順に層をなしている。)のさらに下に出血しているという状態であり、原告の訴える症状、即ち、「ガラス片様の異物が喉に突き刺さる感じがして、嘔吐物が全体的に血で真っ赤になっていた感じ」とは、全く異質のものである。原告の主張を前提とすれば、少なくとも、喉に突き刺さった異物による切創箇所の洗浄・消毒や、化膿止めの抗生剤が投与されてしかるべきであるのに、甲山医師も、国立病院の医師も、口腔内の切創や開放創、あるいは粘膜の外傷を前提とした治療を一切していない。

また、ダブルチーズバーガーとフライドポテトを全て食べ終わるまで、本件ジュースを飲まなかったというのは不自然であるし、甲山医師のカルテには「咽喉部キズついている?」との記載しかなく、「喉に傷がついている」との断定的な診断は下されていない。

さらに、原告自身、その受傷箇所を正確に記憶していない。

以上のことからすれば、原告が多量の出血を伴う傷害を負った事実はない。

2  原告の受傷は本件ジュースを原因とするものか。

(原告の主張)

原告は、購入したダブルチーズバーガーセットを愛銀ディーシーカードへ持ち帰り、ダブルチーズバーガーとフライドポテトを全て食べ終わった後、本件ジュースを飲んだところ、喉にガラスの破片のようなもの(ただし、軽いもの)が刺さる痛みを感じ、喉から出血して嘔吐した。原告と一緒に昼食をとっていた同僚も、右事実を確認している。

原告が、本件ジュースに含まれていた異物によって喉頭部を負傷し出血した事実は、甲山医師及び国立病院の医師が確認している。

原告は、当時、歯科治療を受けておらず、健康で、喉頭部等にも何ら問題はなかった。また、本件ジュースを購入後、飲み始めるまでの間に、他から異物が混入する機会も全くなかったから、本件ジュース以外に原告が受傷した原因はない。

(被告の主張)

被告のオレンジジュースの仕入先は、その納入に際し、金属探知器によるチェックを行っているし、被告はそれをオレンジジュースマシンに入れ、紙コップに抽出し、蓋をして、紙袋に入れた状態で、販売しているのであるから、直径約七ミリメートルのストローを通過するような異物は、故意でない限り混入することはあり得ない。

仮に、原告に原告主張のような傷害が発生したとすれば、それは、原告の口腔内にあらかじめ現存していた異物が、喉頭部まで到達したことにより発生したものと推測される。

第三  当裁判所の判断

一  争点1について

1  <証拠略>及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告が喉の受傷の原因となったと主張する、本件ジュースの製造工程は、以下のとおりであった。

(1) 日本コカコーラボトラーズ株式会社から、ビニール製透明フィルムに入ったコンクジュース(濃縮された状態にあるジュース)を仕入れる。

(2) 右ビニール製透明フィルムの角を、手あるいははさみ等で切り取り、コンクジュースを、オレンジジュースマシン内の容器(蓋はされていない。)に、右容器を取り出して注ぎ込む(この作業は人の手によるものである。)。

(3) 右マシンには水を注入する管が接続されており、そこからオルガノフィルター(活性炭入りの浄水機)により浄水された水道水を加えて、コンクジュースと水を撹拌する。

(4) 製氷機にて自動製成されたキューブ状の氷を、その上面全体が開閉可能な保存庫から、杓子状の道具ですくい取って(この作業は人の手によるものである。また、この時、保存庫の上面は広く開いている。)紙コップに入れ、右マシン内にて撹拌されたオレンジジュースを、同マシンから抽出して注ぎ込む。

(5) 紙コップにプラスチック製の蓋をする。

(二) 平成一〇年二月一三日に、原告がダブルチーズバーガーセットを購入した際、被告の販売員は、ダブルチーズバーガーとフライドポテトを同じ紙袋に入れ、蓋をした本件ジュースとカウンターに裸で置かれていた直径約七ミリメートルのストローを、もう一つの紙袋に入れ(この時、ストローは紙コップには挿されていない。)、それぞれの紙袋の口を折り曲げて閉じ、それを一つのビニール袋に入れた状態で原告に渡し、原告はそれをそのまま、愛銀ディーシーカードの控室まで持ち帰った。その間、原告は、どこかに立ち寄ったり、右ビニール袋をどこかへ置いておくようなことはしていない。

(三) 原告は、同僚の乙村春子(以下「乙村」という。)と一緒に昼食を取り始め、先に、ダブルチーズバーガーとフライドポテトを全て食べ終わり、その後本件ジュースを右ストローで飲み始めたところ、その直後、ガラスのような破片(ただし、軽いもの)が喉の上の方に突き刺さる感じがした。その後、徐々に痛みを感じて息苦しくなり、吐き気を催したので、トイレに行って食べた物を嘔吐した。嘔吐物には、全体的に血液が付着していた。嘔吐した後は、突き刺さった感じはなくなったものの、痛みは続いていた。

(四) 原告は、乙村に勧められて、愛銀ディーシーカードに隣接している愛知銀行内の診療所に行き、甲山医師の診察を受けた。原告が、本件ジュースを飲んで血を吐いたと説明したところ、甲山医師は、救急車を呼び、国立病院で診察を受けるよう指示した。

原告は、診療所内のトイレでも、少し血の混じった唾液の塊のようなものを吐いている。

原告が国立病院に向かう際、乙村と、原告の上司である丙田部長の二人が、原告の飲みかけの本件ジュースを持って同行した。

(五) 国立病院において、丁川次郎医師(以下「丁川医師」という。)が原告を診察した。同医師は、甲山医師からの紹介状を見て、原告の主訴を聞き、喉頭を診察したところ、実際の出血、血液凝固物は認めなかったものの、粘膜の下に出血があることを認めた。

なお、胃十二指腸ファイバースコープにより、胃の中も検査したが、異物は発見されず、原告の飲みかけの本件ジュースは、手違いで同病院で捨てられてしまい、内容物の検査はされなかった。

丁川医師は、出血部への直接的治療の必要性はないと判断したが、原告に嘔吐があったことから、制吐剤、及び、喉頭浮腫の予防と喉頭異和感の軽減のための薬剤の点滴を行い、安静にするよう指示した。

同年三月四日付けの丁川医師の診断書には、傷病名が「喉頭出血」、附記として「H10、2、13吐血を主訴に当院救急外来、救急車搬送にて受診。喉頭ファイバー下に右喉頭被裂部粘膜下出血、浮腫状所見を認めた。」とされている(証人丁川次郎によれば、「粘膜下出血」とは、被告主張のような、「粘膜下組織における出血」のことではなく、「粘膜の下における出血」との意味である。)。

原告は、丁川医師の診察を受けた後、一旦会社に戻ってから帰宅したが、その後二日間は、ほとんど横になっており、柔らかいものしか食べなかった。

なお、原告は、当時、歯科の治療は受けていなかった。

(六) 原告は、同年二月一七日に、被告に見せるために、国立病院の診断書をもらい、上司に相談した上、翌一八日の朝に被告に連絡したが、翌一九日の話し合いで、被告が、本件ジュースと原告の右受傷との因果関係を否定したため、原告代理人を通じて、同年三月二七日付けの内容証明郵便で、損害賠償を請求した上、同年五月一五日に本訴を提起した。

2  右認定によれば、原告が吐血を訴えた直後に原告を診察した甲山医師が、救急車を呼んで、国立病院に受診するよう勧めていること、国立病院の丁川医師も、喉頭ファイバースコープで粘膜の下に出血を認めて診断書を書いていることからして、原告は、右診断書記載の内容の受傷(以下「本件受傷」という。)をしたと認められる。

なお、原告に対し、喉頭の外傷に対する治療は行われていないが、喉の粘膜部分という部位の特性からして、国立病院での診察までに、切創部分が閉じてしまうこと、そのため、傷の治療が不要となることは十分考えられ、喉頭の外傷に対する治療がないことを以て、原告が本訴受傷をした事実が左右されるものではない。

また、原告の供述には、傷が左右どちらの喉頭であったか間違えたり、傷害の状態についてやや大げさに述べているとみられる部分も存在するが、原告の供述は本件受傷から一年後の供述であること、本件受傷当時、原告がショックで混乱していたことを併せ考えれば、原告の供述に右のような部分があることは、原告が本件受傷をしたこと自体を覆すような事情とはいえない。

二  争点2について

右一で認定したように、<1>原告は、本件ジュースを飲んだ直後に、喉に受傷していること、<2>被告が本件ジュースを販売してから、原告がそれを飲むまでの間に、本件ジュースに、喉に傷害を負わせるような異物が混入する機会はなかったと考えられること、<3>原告は、本件受傷当時、歯科治療を受けておらず、また、ダブルチーズバーガーやフライドポテトを全て食べ終わってから本件ジュースを飲んでおり、原告の口腔内にあらかじめ異物が存在していたとは考えられないことなどからすれば、本件受傷は、本件ジュースに混入していた異物を原因とするものと認められる。

被告は、本件ジュースの製造工程からして、直径約七ミリメートルのストローを通過するような異物が混入することはあり得ないと主張するが、前記一認定の製造工程からすると、コンクジュースをオレンジジュースマシン内の容器に入れる際や、保存庫から氷をすくう際などに、異物が混入する可能性は否定できないのであり、被告の右主張は採用できない。

三  そして、本件ジュースに、それを飲んだ人の喉に傷害を負わせるような異物が混入していたということは、ジュースが通常有すべき安全性を欠いていたということであるから、本件ジュースには製造物責任法上の「欠陥」があると認められる。

なお、右異物は発見されず、結局異物が何であったかは不明なままであるが(一1(三)認定の事実によれば、恐らく、原告が胃の内容物を嘔吐した際、異物も吐き出したものと考えられる上、本件ジュースも検査されないまま捨てられてしまったのであるから、これ以上、原告に異物の特定を求めることは酷である。)、それがいかなるものであろうと、ジュースの中に、飲んだ人に傷害を負わせるような異物が混入していれば、ジュースが通常有すべき安全性を欠いているものであることは明らかであるところ、本件ジュースに、それを飲んだ人の喉に傷害を負わせるような異物が混入していたという事実(本件ジュースに「欠陥」が存在したこと)自体は明らかである以上、異物の正体が不明であることは,右認定に影響を及ぼさない。

四  損害について

1  原告は、本件受傷後、吐血し、医師により、救急車で国立病院へ運ぶのが相当であると判断されるほどの状態であった。

また、国立病院において、制吐剤等の点滴を受けており、本件受傷により、相当なショックを受けたものと認められる。そして、胃十二指腸ファイバースコープによっても異物が発見されず、検査のために持参した本件ジュースも捨てられて、原因の解明が十分にされなかったことに鑑みると、国立病院から帰った後も、不安感と恐怖感が残り、二日間自宅で安静にしていたというのも理解できないわけではない。

以上のとおり、原告は、本件受傷により、相当な精神的、肉体的な苦痛を被ったものと認められ、これに対する慰謝料としては、五万円が相当である。

2  本件事実の内容と、被告の対応に鑑みると、訴訟代理人を選任する必要があったものと認められる。そして、本件訴訟の経過に鑑みると、本件と相当因果関係のある弁護士費用分の損害は、五万円と認めるのが相当である。

五  以上のとおり、原告の本訴請求は、製造物責任法三条に基づく損害賠償として、一〇万円及びこれに対する平成一〇年二月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文をそれぞれ適用し、仮執行宣言については、相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田武明 裁判官 佐藤哲治 裁判官 達野ゆき)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例